(3)卒アルの私が燃えている

やー、辛かった。
(1)(2)と、なんども書いたり消したりしながら書きました。
肝臓のあたりがもはやカッチカチで、このあとの友人らとの送別会でタイ料理味わえるのかな。。笑

ちょうどこれを書くにあたって、自分がどうして怒鳴られやすかったのかを振り返るために、第三者の視点もいるなと思って、夫・高校からの友人・会社員時代を知る人にプチ取材もしたんですが。いやはやあらためて、自分が思う自分像なんて当てにならないものだと身にしみました。

例えば高校3年間、同じ担任で女性の先生だったんだけど、私は妙に嫌われてた。別に問題児だった覚えはなくて、ただ目立つ方ではあったんだけど、文化祭でリーダーだったりとか体育祭で団長だったりとか、クラスをまとめる方での”目立つ”で、決して不良みたいな感じじゃなかったはずだった。まあ「うえーい」みたいな騒がしい生徒だったけど、先生に反抗的でもなかった。

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真ん中最前列が私。全クラスで1人だけ女団長だった。なんだろ、卒アルとか見ると確かに強そうなんだけど、かなり繊細だったんだぜ。。。?

ただ授業中に質問してシカトされたりとか、他の子も同じように教科書を置き忘れているはずなのに、私のだけゴミ捨て場に置かれてて「あんたの捨てといたから、早く取りに行ったら」とか言われたり、ちょいちょいそういうことがあった。わけわかんなくて、「気持ち悪いなあ」と思いながらも、別に取り立てて文句は言わなかった。

で、3年生になったあるとき、「やっぱなんか変!!無理!」とか思って、掃除の時間に、仲の良かった家庭科の若い先生に相談しに行った時、自分でもびっくりするくらい涙が止まらなくなって。その先生が助けてくれたおかげで、だいぶフラットになったんだけど、でも最後までどう接していいかわからなかった。すっごい我慢してたんだよね、自分でも気づかないくらい。

でも、こういう記憶も、もしかしたら私の被害妄想かなと思って、高校時代の友人に確認してみたわけです。

友人:「あー確かにあの先生、弥恵にだけ冷たかったよね。それは私も思ってた。他の人と弥恵に対してちょっと違った。怒る時の態度も弥恵にだけピリつく、みたいな。

ただ今わかるのはさあ・・・弥恵は、やっぱ1人だけちょっと違かったよね。先生はさ、弥恵のことすごく脅威だったと思うよ。他の子どもみたいに、言葉で誤魔化せないって、そういう緊張感があったんだなって思う」

もう焼き鳥屋のカウンターで、目からウロコがゴッソー落ちた。私そんな子どもだったの!? でも思い当たる節がありすぎて梅酒バフッ。確か、私が結婚した時だったかな、親戚のおじさんに、ふとこんなことを言われたんだよね。

「子どものころのお前は、大人を見透かしてたよなあ。こっちがビクッとするようなことを突いてくるんだよ。やりにくいなって、思ってたよ」

そのおじさんは、私を「あいつは一度は海外でも行った方がいいんじゃないか」とかよく言っててくれてて、多分リスペクトを込めてそう言ってくれたんだよね。だから私もショックとかはなかったんだけど、子どもだったころも高校生のころも、”自分が大人の脅威になってる”みたいな自覚は当然1ミリもないわけで、だから知らずのうちに攻撃されることも本当に理解できなかった。

私はこれまで、とりわけいじめられたり、仲間外れにされた経験は一度もないんだけど、身に覚えもないのに、1人の人にすっごい嫌われるってことはよくあった。相手はいつも、目立つタイプとかボスザル系で、男の子ばっか。で、別に私は嫌いじゃないから(つか多分あんま感情持ってない)、反発もしないしそっとしておくわけ。まあかなり我慢もしてるんだけど、そういう時に同じように攻撃するって発想が皆無だったんだよね。

余談だけど中学の時にやっぱり強めの男の子に嫌われてて、よくわかんねえなあとか思ってそっとしておいたら、その年の年賀状に長文で「お前のこと嫌っててごめん」って謝られたことがある。私は「あーやっと楽になる」って思った。当然普通に許すわけ。嫌われてた理由は最後までわからんのだけど。

だから、やっぱり「強い」って印象を与える感じだったんだな、ってことはよくわかった。いや、自分じゃ「私は強いぜ!」とかいちいち思わないじゃん。10代でそこまで自分を相対化はできてなかったし、それを正確に言葉にする他者もいなかったんだよ。

で、社会人になってからを知る友人にも、「あー、あのころね・・・君は若かったわけだし、人一倍期待されて、ちゃんと鍛えようって思われてんだと思うよ。いじめようとか、そんな悪気はなかったはずだよ。ただそれが、どうにも・・・どこかでこじれていったんだと思う」って言われて、へえ、客観視するとそうだったのか〜って。蓋をしすぎて見えてなかったこともあるんだな。期待とか育てようとかって思いに、「こいつは強い」って印象が加わって、どんどん体育会系モードに引き込まれてたんだろうな。

つまりいわゆる「先生・生徒」とか「上司・部下」、「師匠・弟子」みたいな関係性は、私にはかなり鬼門らしい。鍛えがいはありそうなのに、体育会系モードでいったらあっというまにぽきっと折れる、みたいな。そりゃ相手も「あれ? 君は強いはずだろ」ってなったんだろうなあ。。。まあ相手を強引に書き換えんとする「怒鳴る」行為って、どのみち私はダメだと思うけど。まあ「怒鳴るくらい」こっちが脅威だったか、もしくは相手にも何か抱えてるもんでもあったのか? まあなんかわけがあるんだろうけど、それ、私に関係ない。一切ない。

まあもうだから、極端な上下関係を要求される所には、絶対近寄らない。それだけは固く決めてる。だって可能性が潰れるだけだから。過去の出会いにはただ感謝。もちろん当時の先生はじめ、教えて指導してくれた方々には感謝してます。「知識や技術を与えてもらったこと」そのものへは感謝しています。けど「怒鳴る」ってことは別。多分、それを混同するから起きる間違いだから。

なんだかんだ私は、自分を嫌ってくる人も怒鳴ってくる人も嫌いになれたことがなかった。ぶっちゃけ愛おしさを感じたこともありました。それこそが境界線をおかしくする大きな間違いなんだとも学びました。もう一生関わることはない。

あんなに私が恐れていたものは、みんなもうとっくに影だった。実像のない、恐怖の記憶が勝手に作り出すただの影。書いてみたことで、それがわかった。私は自分を、もう過去の恐怖から解放してあげたいんだった。

ありがとうございました。

自分っていう一線を引くこと。
「いやだ」ってちゃんと伝えること。

そうやってちゃんと自分を守りながら
力をまっすぐ発揮すること。

これらを学んで、(いやもっと数多くは学んでるけども)
ネクスト京都に行きます。はあ!!!!かけた!!!お腹痛い!(笑)

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一番左、旗持って軍団を先導してる私。つ、強いな。これが私の本来の強さなんだな。我ながら繊細には見えない

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